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2.虚実とは

 「虚」とは、古典の世界では「生気の虚」のことである。生気とは、身体にある正常なエ
  ネルギー、或いは正常な働きということである。
 「虚」は気血のイメージがないと理解できない。気血の気とは、「表面」、「呼吸」、「
  働き」とかいう意味である。
 「生気の虚」とは、正常な働き、正常な呼吸、正常な身体の状態、そういったものが衰え
  ていることである。ここには八種の基本概念(陰陽・虚実 ・寒熱・表裏・気血・蔵府
  ・三焦・病因)のうちの二種が入っている。
  それは即ち「気血」と「虚実」のイメージである。
  即ち虚ということは、他の基本概念の言葉を持っていないと説明できない。
 「実」とは「邪気実」のことである。
  この「虚」および「実」の規定は、古典の中では以上のようなこと以外を意味してい
  ない。
 「実」はプラスに、「虚」はマイナスになっていく。「虚」のほうは虚していないことが、
 「実」のほうは実していないということが健康である。
 「虚実」という言葉が出てきたときに、以上のようなことがイメージできないと古典は理
  解できないし、実際の臨床にも応用できない。
 『素門』、『霊枢』のような、古い時代の虚実という言葉は、以上のような意味以外を示
  すことはない。しかし、時代が下がり、宋・元・明へと下って行くにしたがい「虚実の
  イメージは段々に拡大していく。つまり医学内容が変遷していく。進歩したどうかはわ
  からない。おそらくは進歩なのであろうがいずれにしても、「虚実」ということにも様
  々な解釈が出てくる。
  つまり、「虚」は「生気の虚」といっても、邪によって虚を現す邪もあると『三因
  方』(三因極一病證方論)の説などが出てくる。
  また「実」も実邪だけではなく、食物の実、或いは血の実、即ち血がずっと蓄積されて
  実になる場合がある。血は外邪ではない。胃に入った飲食物から吸収され、全身をめぐ
  っていって、身体の組織を形成しているものであり、身体のある部分に在ることが正常
  なものである。それが余計に出てくると実を起こすという解釈が出てくる。
◇気血と虚実
 「気」は陽だから上である。「上」は陰陽のカテゴリーでいえば、「薄い」、「軽い」
  、「明るい」などである。こうした「軽く」「明るく」「上にある」というものは自然
  界にはたくさん分布しているものであって、しかも動きやすい。「血」に対して「気」
  は陽であるといった場合、その「気」とは同時にこういったものである。
  目に見えず、上で、表面であって、軽くて、動いている。だからいつも無くなっている
  ことが正常である。即ちマイナスであってもかまわない。いつも多いというか、動きや
  すく、マイナスを補えばすぐ補うことができる。
  ところが「血」というのは限られている。血の分量というのは限られている。
  「重たく」、「下にあり」、「動かない」、「濃い」。「重たい」から「動かない」
   、「濃い」から「動かない」。「濃い」ということは、動くことが少ないから「濃い
  」のである。そういうものであれば「血」には限りがある。限りがあるから、身体はい
  つも蓄積しようとする。
  だから「血」は増えることに強く、「気」は減ることに強いという関係にある。
 「気実」というのはなかなか無い。「気実」は「血虚」に対してある。つまり血が少なく
  なるから血を増やそうとする。血を増やそうとする働きは「気」から来る。そうすると
  気がオーバーワークする。それが気実である。即ち気実は相対的なものであって、血虚
  に対して気実がある。そこで血虚を治療すれば気実は別に治療しなくともよい。
◇病因と虚実
 病因のうちから「風」を取り上げれば、風にやられて虚だということはある。しかし
 、「風」は実になるのが普通である。虚になることもあるが、これはずっと後代の金元や
 明の学者たちが考え出した理論である。そもそも古くは風というのは〔肝木〕と結びつく
 。邪で実で。しかしそうでない場合もある。というのは、身体を診る見方、病態を明らか
 にする見方が変遷してきて、進歩かどうかはわからないが、変遷してきたなかで風虚とい
 うのがある。即ち風が陽の方にあって、しかもまだ実になっていない風があると、これを
 虚風という。この虚風の症状、脉は、色々な学者によって違っている。しかし、金元以降
 の古典を読んでみれば虚風というのは必ず出てくる。虚風というのは、非常におもしろい
 というか、ばかばかしく複雑というか、血に関係がある。
 それは、風=肝木=血ということである。陽の血虚であるとする学者もいる。納得できな
 いことはない。表面の抵抗力が非常に弱って、いつでも風邪を受けやすいような態勢にあ
 るからである。それは前提に血虚があるからである。しかも血虚はあるけれど、それは陽
 の部にもある。血虚というのは、陰の部にもある。血は陰である。なんだか複雑になって
 きて、わからなくなってしまうが、これはイメージごっこなのである。陰陽のイメージが
 たくさんある、虚実のイメージがたくさんある、寒熱のイメージがたくさんあるというこ
 とで、色々な症状が出てきても、対処できる、説明できるのである。そういったイメージ
 はたくさんあればあるほどよい。イメージという言葉自身に語弊があるが、さらに適当な
 言葉があると良い。
◇虚と実のイメージ
 風が表面に入って実、実邪となる。脉も強く症状も激しい。実というのは、「かたまって
 いる」という感じ、「動かない」、「散らせない」、「閉じている」、「鬱している」
 、「渋っている」、そういうものである。 
 「虚」というのは「無い」といことである。「無い」ということは、「希薄」、「弱々
 しい」、「動きの減少」ということである。虚実と言われたときに、説明すべき言葉がた
 くさんあればあるほどよい。

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